歯科医師・医師 が 咬合感覚異常 と顎関節症を 区別し診断できずに ・・・・

診察して仮の診断名が付いて,何らかの検査があって本来の診断が付くはずだか ??
なんらかの治療して 患者さんはどう反応するか リアクションは?  副作用は??

1.「顎関節症・咬合関連症,咬み合わせ不安定症」なのに アゴの関節症状が無いため,他の病気・「心身症」と診断された.
咬合検査>>>>

2. 「顎関節症・咬合関連症,咬み合わせ不安定症」なのに スプリントの調整が合わないため または患者さんが使用していないため,症状が改善されず,放置された.もしくは「心身症」として扱われた.
咬合検査>>>>

3.「歯科心身症の
咬合異常感」なのに「顎関節症」と診断され スプリント治療などで効果が出ないため放置された.
   咬合感覚異常 
咬合異常感>>> http://atoyofpsd.net/sikasinsin/kougou/kougou_1.html

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また強い首の痛み,めまい,頭痛,背部痛など不定愁訴の伴ったとき 「顎関節症・咬合関連症」として扱われず,耳鼻科,整形外科,神経内科などの医師により 薬物療法や放置されている患者さんが かなり?いらっしゃいます.
ていねいなスプリント治療で 激減した例は 多数あります.残念ながら医師の間の連携が取れていないのです.大学教育も卒後の教育も それをふれる機会は 無かったのでしょう.日々,研鑽.

不定愁訴・症状から 歯科医師・他の医師からも 心身症として扱われ,本来の噛み合わせ治療すべき患者さんが,なおざりにされていることも かなりいること事実である.
顎関節症・咬み合わせ不安定症を,咬合検査をおこない,ていねいなスプリント・その後の咬合治療で かなり軽減できることが多い.
今できる咬合検査つまり 咬合紙光透過試験,シリコンチェックバイト,デンタル・プレスケール,筋電図検査などを試み,噛み合わせ治療が 必要かどうか,ペーパー・スプリントなどをして,しっかり噛むとき反応を見て,スプリント治療を試みるかどうかの検討が必要であろう.  咬合検査>>>>

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咬合感覚異常

しかし,時に 不安定な精神状態で,診察した歯科医師の診断と治療方法を 聞く前に,自分で治療方法を決めてきて,自分の納得するようにして欲しいと言う方がいる.かなり高飛車にです.うまくいかないと,訴えるぞという物腰で,困ったことがある.診察したが,治療は,ご遠慮した.大学病院を 紹介したが,以前来院して,医師と意見が合わなかったとのこと.多分 上記の「咬合異常感」の患者さんであろう.噛み合わせのリハビリとしては,かなり薄いスプリントで 1-2ヶ月調整を続け,何も効果がないときは, 咬合治療は,中止して 他の医師の診察を頼み,
咬合異常感の治療をした方がよいか検討すべきであろう.   

歯科心身症 ネット/ 東京医科歯科大学大学  / 歯科心身医学分野   豊福 明 教授 http://atoyofpsd.net/
かみ合わせの異常感(咬合異常感)      http://atoyofpsd.net/sikasinsin/kougou/kougou_1.html


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下記の 柳澤桂子著 「患者の孤独」には,大変 教えられることが多く,真摯な気持ちで,謙虚にすべきことを教わった.
 医師でも分からないことは,素直に,分からないと言うこと.
自分の説明不足から,ご理解をしていただけず,何か治療すると,誤解されそうなボタンの掛け違いになりそうなときの速やかな撤退, そして 科学としての医療.


私も 毎日の臨床の中で 患者さんへの説明は,反省の連続である.
自分をほめることは少ないような気がする.
小学校から 毎日 反省会を行い,自分を責め続けてくると,人間として,時に 疲弊する.
ほめ日記も必要かもしれない. 

病気の原因が分からず,治癒せず,落ち込んで,自殺願望の方もいる.
下記の本を機会がありましたら 是非とも ご一読ください. 


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患者の孤独   柳澤桂子著 

――心の通う医師を求めて
★★
2003年 草思社 定価1,365円 
病が少し軽くなってきた頃、自分の闘病生活を顧みて、孤独であったことを思うままに書いた。医療への問題提起の本でもある。
2007年 集英社文庫      文庫本でも発行されました。

目次
第1章 はじまり
 苦しみのはじまり
 子宮内膜症」
第2章 医師への疑念
 「柳澤を甘やかすな」
 「この人を放っておいていいよ」
 「女なんだから勤めなんかいいんじゃないか」他
第3章 孤独な闘い
 父の死
 始めて本を書く
 「何でそんなに明るいんですか」
 何も書いてないカルテ
 医師の都合、私の問題他
第4章 光明
 在宅医療
 患者にとっての生き甲斐
 餓死しない病人になる
 病状の悪化他
第5章 認められた病
 知りたかったこと
 進行する病
 血圧の異常
 シャイ・ドレーガー症候群他

患者の孤独 心の通う医師を求めて 草思社 柳澤桂子



医師の誤診、拒絶、心ない言葉ーこれが、いまの日本の医療の悲しい現実です。

病気に明け暮れた私の半年。その中で一番つらかったことは、病気そのものの苦しさではなく、医療によってもたらされた苦しさであった。

この問題に対して、医療ジャーナリストの柳田邦夫氏が次の3点に整理している。

  • 診断にかかわる医師の傲りの危険
  • 痛みに対する医師の無関心
  • 「心因性」「心身症」という言葉で処理される怖ろしさ

私が以前書いたブログです
http://plaza.rakuten.co.jp/neckpains/diary/200607100001/


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「周期性嘔吐症」

私は、30年あまりにわたって、原因不明の苦しい病気を患っていた。毎月1回は決まって起こる激しい嘔吐発作。そのたびに1週間は起きられない。気分が不快である上に、強い腹痛も伴った。1年の半分を病院で過ごしたこともあるが、体重は減り、点滴で栄養分と水分を補わなければならなかった。
 名だたる病院の消化器科内科、消化器外科に次々かかり、徹底したドクターショッピング(医師を次々変えること)をした。しかし、どこへ行っても原因も病名も分からず、気のせいか、性格に悪いところがあるためだと言われた。家族も医師の言葉を信じ、私も自分を責め続けた。その苦しさは、病の苦しさを上回るものだった。
こうした状況が30年近く続いたある日、金沢の小児科の先生から一通のお手紙をいただいた。
先生は、私が書いた『認められぬ病』という本をお読みになって、私の病気が周期性嘔吐症候群という、脳幹の病気であると確信を持ってお手紙をくださった。先生のご専門は、周期性嘔吐症候群の中でもACTH・ADH放出症候群と呼ばれる病気で、やはり激しい嘔吐を伴う症状を呈する。
先生はアメリカとカナダの周期性嘔吐症候群の患者と医師の会があるからと、そこのメールアドレスを教えてくださった。私は早速会員になった。
会が年に2回送ってくれるニューズレターには、病気についての初歩的な知識から、印刷に回している最新論文のタイトルまで載っている。また、独自に募金を募り、医師に研究費を出している。
海のすぐ向こうの国でこのようなことが行われているにもかかわらず、なぜ日本の医師はこの病気を知らなかったのだろうか?特に消化器を扱う医師が誰一人として知らなかったことは、理解しがたい。

最近になって、この病気は三環系抗うつ剤で症状を抑えることが分かった。私もその恩恵に浴している。
(生命科学者・サイエンスライター・柳澤桂子)

苦しくて病院に行く。けれど医師は言う。「病気のはずがない」「気のせいだ」「数値は下がってるんだ、いい加減にしろ」からだの苦しみ以上に、数値だけ見て患者が見えない医師たちの、こうした心ない言葉が痛かった。医学が完璧ではないことは知っている。それでも医学という学問を信頼している著者が出会ったのは、際限なくつづく誤診、決めつけ、拒絶...いまの日本の医療のあまりに寂しい現実だった。30年におよぶ闘病生活の中で、これまで書けなかった自らの医療体験のすべてを明かし、患者のあり方、医療のあるべき姿を根底から問い直す書。


柳澤桂子の「周期性嘔吐症」


名医たちの誤診、拒絶、心ない言葉.....
これが、いまの日本の医療の悲しい現実です。

病気に明け暮れた私の半生。その中で一番つらかったことは、
病気そのものの苦しさではなく、医療によってもたらされた苦しさであった。
私は治らないという天では病気に負けたが、
私を診ててくださる医師をさがす旅では勝利を収めたと言えると思う。
いろいろな方にお世話になったが、私はやはり孤独でつらかった。
(本文より)

誰でも、ふと立ち止まって、自分の人生を振り返ることがあるだろう。
私の人生は幸福というにはほど遠いものであった。
しばしば立ち止まって、考えなければならなかった。
あまりのつらさに涙も出なかった。
「転んでもただで起きてはいけない」
それまでも、子供を育てながら研究をするというきびしい条件の中で、
私はいつも自分にそう言い聞かせていた。
しかし、あのときばかりは、ただでも何でも起きあがることさえままならなかった。
病気と認められない病気。苦しい症状。周囲への迷惑。
私の手に余る問題に私は苦しみつづけた。病気とも認められず、
人格を傷つけられ、それでも医師を訪れる。この状況から脱出するには、
それしか方法がなかった。
(本書はしがきより)


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『認められぬ病』~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
医師からは、「問題ある患者」、「心身症に決まっている」、「病気のはずはない」、「いいかげんにしろ」、「どこも悪いところはない」と言われたこともあったし、間違った処方をされて、その薬の副作用で新たな症状が出たりりもした。
詳細は、本書及び『認められぬ病』をお読みいただきたいが、本書の 「私の病気は何だったのか」の章には、病気がステージに区切ってまとめられているので、そこから書き写してみると、
① 1969年のめまいによる入院、
② 1978年の子宮内膜症の手術のあとに始まった周期的な嘔吐発作と腹部激痛。
③ 1989年頃から始まった排尿障害と便秘、そしてひどい心房性不整脈。
④ 1990年頃から始まった足のしびれと感覚麻痺。しびれは左足からからだの上のほうにのぼってくると同時に、右足にも発生。そして、
⑤ 2002年に始まった重い起立性低血圧、という五つぐらいのステージに分けられるようだ。
それらの症状につけられた病名は、心身症、膵炎、子宮内膜症、潰瘍性大腸炎、てんかん、脳幹症、慢性疼痛、鬱病、ヒステリー、多発性硬化症。そして、最後に出てきたのが、周期性嘔吐症候群。多田富雄との往復書簡の段階では
シャイ・ドレーガー症候群
という診断であったが、その後、その診断は否定されて、
前述の
周期性嘔吐症候群、ということで落ち着いたようである。
信頼できる医師に巡り合うことができて、その医師が患者の苦しみと向き合う姿勢を見せてくれれば、極端なことをいえば病名など何でもよい、と思える。しかし、患者の顔も見ず、数値のみを見て、「病気のはずがない」と言い放つ医師に対しては、患者はどうしたって、「自分は具合が悪いのだ。病気に決まっている。あなたは専門家でしょう、ちゃんと診断してください」と思うものだ。

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「おわりに」
もう、私の病気について書くのは、これが最後と思ってこの本を書きはじめた。しかし、そうはならないのではないかという予感もしている。私がこのような本を書くのは、病む人の心をわかってほしいからであり、医療が少しでもよいものになってほしいからである。
たとえそれが言質になるとしても、相手の口から出たいにくい言葉を本に書くという行為を私は恥ずかしいと思う。けれどもなぜ、私の身にこのようなことが起こったのか、どこがまちがっていたのかということを客観的に考えていただくためには、どうしても書くことが必要であった。
医師は患者を診察する。そして診断をつける。
診断は一つの仮説である。
仮説は証明されなければならない。そのためにいろいろな検査がおこなわれる。
そして、もし自分の専門の病気でないと思われるときは、他の医師あるいは他の病院に患者を紹介し、その仮説を確かめてもらうのが科学の思考方法である。
もし医学が科学であるなら、このような思考方法がとられて、診断が正しいことが証明されなければならない
が、はたして、私を診察された医師たちはそのような思考方法をとったであろうか。
私たち生命科学者は、細菌やカエルやマウスを相手にしても、このような思考方法をきちんととっている。まして、人間を相手にする医学においては、さらに厳格にこのような思考によって、問題は解決されなければならないのではなかろうか。
私はそのような思考方法をもってあつかわれたであろうか。答えははっきり「否」である。
もし別のあつかいを受けていたら、これほど苦しまなくてもよかったのではないか。
 特に「周期性嘔吐症候群」については、日本の
医師の不勉強を感じた。
偶然それを知っている医師にめぐりあうまで、患者はさまよわねばならない。
周期性嘔吐症候群がほんの一例に過ぎず、こうしたことが他にもあるのではないかということを危惧する。
  
http://yomuyomu.tea-nifty.com/dokushononiwa/2008/10/post-64a6.html